白飯を自分で盛ることから始めました

自己紹介

最近
「嫌われる勇気」という本を読みました。



内容が衝撃的だったのですが
この本を読んだことで、自分がいかに他人の目線を気にしていたのか
痛いほど良くわかりました。


さらに、自分自身の行動を振り返る時間にもなりました。

「全ての悩みは対人関係の悩みである」

強烈な言葉から始まるこの本


そして

「他の人にどう見られてるんだろう」
「しつけが出来てないって思われるんじゃないか」
「もっとちゃんとしなきゃ」


こういう考えを自分自身、すごく持ちやすいという事にも気付きました。




なぜそういった思考になるのか。

それは、自分以外の誰かにどう思われるのか
他の人がどう思うのかばかり気になってしまい


自分自身がどうしたいのか
自分がどうやりたいのか

といった部分を考えなくなってしまっていたからです。

本来、何かをする時に
他人の目線や意見は関係なく

自分自身がどうしたいのか
自分が何をしたいのか

この自分の根っこの部分が大切なのです。



どうしても周りの評価や意見、見え方を意識してしまうと
そっちに気を取られてしまいます。


我が家でやめた事は「ご飯を準備しておく事」

我が家には2人の男の子がいるのですが
最近、我が家でやめたことがあります。

それは、『白いご飯を事前に準備しておく事』


今までは全部準備できた状態で
「はい、ご飯だから食べるよー」

そんな号令から食事が始まるのですが


ご飯をたくさん食べて風邪ひかないで元気に育ってほしい。
そんな僕たちの想いを詰め込んだご飯には


愛情もてんこ盛りですが
我々のエゴもてんこ盛りなんですよね。

良かれと思ってご飯を準備して
「これを全部食べないと大きくなれないぞ」

なんて言いながら無意識に食べる事を強制してしまう

これじゃぁ彼らのためにならないですよね。

だって、彼らが自らのお腹の状態で選択した量ではないんですから。

残したら怒られるから、我慢して食べる。
食べないと悲しい顔をさせるから食べる。
お腹いっぱいなのに我慢しなきゃ

全部、僕らの表情や感情に合わせて取る行動になってしまう。
これでは子供達が自ら決める、選択というきっかけを奪ってしまう事になる。
そう考えた我々は


息子達に自分でご飯を盛る事を伝え
食べるか食べないか含めて自分で決めてみるように伝えました。

もちろん、初めてのことなので食べきれない時もあるし
足りないこともある。


それで、良いんです。

どれくらい食べるか、食べないかを
選択したのは自分自身である
こと。

そこに重要な意味があるので。





本の一文を抜粋ですが凄く腑に落ちる一文をご紹介します。

「馬を水飲み場まで連れて行くことはできるが、その水を飲むか飲まないかは馬が決める事」

「誰かの為」とか
「他人にどう見られるから」とか
「言われたから」

ではなく

自分自身がどうなりたいのか
自分の気持ちに素直になって行動してみることは


自分の人生を生きる上で、とても重要なことだと考えています。

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